アツシとシゲルの幸福③
次に中島敦。
『幸福』より。
南方の島にとにかく哀れな男がいた。
物持ちの第一長老に仕え、日がな一日労働をし、石のように眠る。
その他の不幸は割愛するが枚挙に暇ない。
その哀れな男は賢く、足るを知っていた。
主人が苛刻といえども視る聞く呼吸するなどの自由は奪われていないなどと考えていたが、当然太陽の下でこき使われるよりは木陰で昼寝したほうがいいと思っているので時々神に祈っていた。
しばらくしてその哀れな男はある夢を見るようになる。
彼は夢の中では長老になっていた。目が覚めると当然、いつも寝ているぼろい物置小屋であったのだが。
初日は驚いたが二日め、三日めとなると少しずつ彼の夢の中での振る舞いが長老っぽくなっていく。
そして夢の中で自分に仕える下僕の中に(現実世界の)長老らしき人物を発見する。彼はその下僕に一番ひどい労働をさせ昼間のうさをはらす。
その夢を見だしてから昼間の労働も苦にならなくなっていき、おまけに体調もすこぶるよくなっていく。
反対に、長老は同じ頃におかしな夢を見だす。
夢の中で長老は下僕であり、その主人というのが昼間こきつかっている哀れな男である。夢を見だした頃より、長老は体調を崩していく。
腹を立てた長老は下僕を呼び出し、怒ろうとするも見るからに自身に満ちた下僕をみて躊躇する。
どちらが夢でどちらが現実なのか。